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日記 過去ログ/TOP/1

風凪 耕一
(かざなぎ こういち)
■性別:♂
■年齢:∞
■血液型:A´
■種族:星人
■性格:人畜無害
■職業:絵を描くこと
■趣味:昼寝、寝る
 サボる、まったりする
 ミルクティを飲む
■好きな食べ物:甘いもの
■嫌いな食べ物:苦いもの
■得意なこと:妄想
■苦手なこと:絵を描くこと
■好きなゲーム:
 ぼくのなつやすみ
■一言;
 「休みをください」
高糸 敬介
(たかと けいすけ)
■性別:♂
■年齢:∞
■血液型:O´
■種族:星人
■性格:人畜無害
■職業:ピッチャー
■趣味:近所の探検
 右打ち、右投げ
■好きな食べ物:瑞々しいもの
■嫌いな食べ物:
 ぱさぱさしたもの
■得意なこと:ヒットエンドラン
■苦手なこと:痛いこと、花粉
■好きなゲーム:
 ロコロコ
■一言;
 「暖かいなぁ〜」

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あんまり気にしないでくださいね♪

2008年7月31日(木)
無想転SAY11「多呼忙図」

こんにちは高糸です。

みなさんお忘れの事かと思いますが、、
高糸はこう見えても、当サークルのシナリオ担当者でございます。
シナリオ担当者とは、シナリオを考えている人の事だと思いますが、
高糸も瞳孔と口を開けながら、シナリオを考えております。

シナリオだけ考えていても、才能の無さで作業進行は遅れがちになるのですが、
『全方位分散型好奇心レーダー』を装備している高糸。
それがあらゆる刺激に反応し、世の中の大いなる小さい謎、
その探求(妄想)へと引き寄せられていくのです。

それらの大半が「得体の知れない妄想」や「非生産的な夢想」でしかないのですが、
それを理解したうえでも、小学1年生の通信簿で『落ち着きがない』
と書かて以来、電源が入りっぱなしの「暴走好奇心」、
それを眠らせる方法は未だ発見されておりません。

こんなに忙しいのに余計な事を考えるな!
自分でもそう思うのですが・・・。ヤメラレナイ&トマラナイ。

そしてまた、忙しい時期に限って、本当にどうでも良い疑問がわいてくるものです。
世に言う、大掃除の時の昔のアルバム状態です。

で、今回は何に反応したのかと言いますと。

先日、「ひぃ〜忙しい〜忙しい〜ひぃ〜ひぃ〜」
などと言いながらも、数人の友人と遊びました。

「どう最近の調子は?」

よくある話題。

「いや、結構忙しくてさ」

よくある答え。

その後に何でもない会話、そしてご飯を食べて帰ってきたのですが、
帰り道、なにやら不思議な感覚を覚えます。
この感じは何か新しい疑問が生まれかかっている時、特有のもの。

一体何に疑問を感じたのかと言いますと、
あの場で、高糸を含めた全員が口に出した「忙しい」という言葉。
決してそれを望んではいない、だけど否定もしない。
そんなニュアンスの不思議な言葉です。

「忙しい」とは一体なんだ?

なんで忙しいと感じるのか?
その忙しさの程度は別にしても、忙しいと感じるには何か理由があるはず。

その忙しさの原因が何であるのか?

原因・・・。ということは、何かの為に忙しいわけだから、
その何か(目的)を探せば良いのか?

しかし、目的というものは人それぞれであって、
程度と同じように追求して考えてみても意味はないような気がします。
それこそ、仕事に趣味に生活にと細分化された無数の目的があるでしょうから。

では、忙しいと『感じる』原因は何か?

マクロな視点で考えると、
社会学・心理学・哲学まで登場しちゃいそうで、
このテーマの巨大さに恐怖を覚えます。

ここはひとつ、ミクロな感じでいきましょう!
一番手ごろなDATAは自分自身。

これぞまさしく自問自答。


いつから自分は忙しいと感じていたのか?

過去を振り返ってみると、
ずっと忙しかったような気がする。

それは望まないことなのか?

難しい問題ですが、暇が欲しいとか、
ゆっくりと何も考えずにゴロゴロしていたいなどと
思うこともある。

それを回避するために何をしたのか?

その時々で目的をクリアしているつもりなのに、
次々と新しい忙しさが湧いてくる。

忙しいことで何かが犠牲になっているのか?

忙しさが無ければ他の事に時間を使えるし、
ゆっくりと過ごすことができる。

では、今、全ての忙しさを排除したら何をする?

ゆっくりと休みゴロゴロする。
休むことに飽きたら、何か興味のあることを見つける。

興味のあることを見つけてそれに時間を使えば、忙しくはならないのか?

・・・なるかも。


・・・と言うことは、
忙しいという事は、自分がそう在りたいと選んだ状態を指す言葉?

少し乱暴な気もしますが、
極論を言えば、忙しさを望むから忙しい。
ということになるのでしょうか。

てっきり忙しさには『義務』に似たニュアンスを感じていましたが、
今考えてみると『権利』に近いものなのかもしれません。

これは一般的な感覚での思考ですので、
世の中には本当に義務としての忙しさを感じている人もいるかと思います。
ですが、すくなくとも私が感じてきた忙しさは、自ら選んだもののような気がします。

では、自分で選んだことなのに、何でわざわざ友人に忙しいと言ったのか?
あれは社交辞令?慣用句?それとも合言葉?

・・・私は元気だよ。がんばってるよ。変わりないよ。
もしかしたら、そんな意味で使ったのかもしれませんが。

う〜ん。言葉のニュアンスって難しいですね。
ですが、ここまででひとつ解ったことがあります。

こんなどうでも良くて、くだらない事を考えている私は
決して忙しくはないということです。
次に友人に会ったときに訂正しておきます。

長乱文、失礼しました


それでは、まだまだ暑い日は続きますが、
みなさんも体調にはお気をつけください。

ではまた

2008年7月24日(木)
無想転SAY10「お互いsummer」

山道の脇に車を停める、ここからは徒歩でしか入れない。
ふと思えば、純粋な土の上を歩くのは久しぶりだ。
特有の数ミリ程度の浅い沈み込みがアスファルトには無い柔らかさを
心地よく靴底へと伝える。
蝉の声が木々の間を跳ねまわり、
脇に流れる小川の水面は、踊るような白輝の乱反射で頬を擽る。
そんな騒がしい夏の旋律に併せて、私の歩みは緩やかな四拍のリズムを叩いた。

程なく、
右手には高地特有の密度の濃い草原が広がり、
その上を小波にも似た波紋を残しながら走り抜ける涼風が額に心地良い。

左には高き山より流れ続く雪解けの渓流、
私はその音に吸い寄せられるように歩み寄る、
清き流れに飛沫をあげて、その存在を証明するかのような一枚のせり出した岩。
一度手の平で小石を逃がすと、その上へ静かに腰を下ろした。

目を瞑れば、せせらぎは規則正しい混沌の揺らぎを以って、
張り詰めた都会の緊張感を麻痺させてくれる。

川の上を滑り落ちてくる冷やされた風は、
紅茶に溶けるミルクのような甘い匂いがした。

大きく息を吸い込みながら、
見上げれば、青く高い空、流れる白い雲、
更に視線を下ろせば、
一面の緑、そしてその隙間に赤茶色の大地が顔を覗かせている。
まさに理想的な原色の飽和。

これぞ夏。これぞ太陽の季節。これぞ四季のある国の彩り。
身体の細胞のひとつひとつが、その色に、水に、空気に共鳴し喜んでいる。
私の心も釣られて躍りだし。高く舞い上がって行く。


「うおぉぉぉぉ。そんな場所に行きたいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
・・・などと、パソコンの前で妄想し叫ぶぐらいに暑いです。

みなさん、こんにちは高糸です。

しかし逃避してもいても暑さは消えません。
心頭を滅却しても火はやはり熱しです。

いくら妄想していても涼しくはなる気配は無く、
ここはひとつ大人として現実的な手段で!
そうだ『嘆願書』を書こう!

拝啓

夏を暑くしている全ての原因達へ。

まだ7月だというのに、ずいぶんとペース早いんじゃないですか?
夏は開放的な季節、とは言うものの、
あまりの暑さに肉体から精神が開放されそうな勢いです。

いえいえ、わかっております。
この暑さが「夏」の理由であり醍醐味であること、
それは重々理解しているつもりなのですが、もう少しだけ手加減していただけると
非常に助かるのですが。

これから訪れるであろう、高く青い空、そこへ浮かぶ白い雲、
大地は緑に包まれ、鮮やかに世界を彩っていくこの季節、
私は夏が大好きでございます。

大好きではございますが、それにしても暑い。暑過ぎでございます。

いろいろな原因はあると思いますが、どうぞあと5度、いえ、3度程
下げていただけるとうれしいです。

敬具

高糸敬介
・・・よし、これでバッチリなはず。

高糸は暑さのせいでいい感じに壊れていますが、
みなさんは熱中症など、くれぐれもお気をつけください。
ではでは

2008年7月17日(木)
無想転SAY9「ゴーストハント」

こんにちは高糸です。
いきなりですが去年の話になります。

夏の深夜、一人暮らしの友人から電話が掛かってきました。

高糸「もしもし、高糸です」

Sさん「もしもしSです。突然ですが高糸さん。幽霊は信じていますか?」

高糸「はい?」

Sさんは女性で、普段は明るい人なのですが、
なにやら電話から緊迫感のようなものが伝わってきます。

高糸「幽霊ですか?」

Sさん「はい、幽霊です」

高糸「ずいぶんと探したのですが、会った事は無いですね」

高糸は昔、お化けに会いたくて「出る」と言う場所を片っ端から
訪れたのですが、遭遇することはできなかったと言う過去を持っています。

Sさん「今、自宅なんですが、幽霊の気配と変な音がするのです」

高糸「おおおおおおおおお!」

Sさん「どうしたら良いでしょう?怖いです」

高糸「それは願っても無いチャンスです」

Sさん「え?でも、すごく怖いのですが」

高糸「何を言っているのですか!」

Sさん「・・・・・」

高糸「いいですか?よく考えてみてください。
   未だかつて幽霊をバッチリと撮影できた映像は存在しません。
   もしそれでインタビューでも撮れるものなら、
   もうそれは報道カメラマンの賞を貰える程だと思います。
   協力してください撮影しましょう」

Sさんの家は、高糸の家から距離があり。
これから高糸が訪ねていくには時間が掛かりすぎます。
ここはSさんにがんばってもらわないと。

Sさん「でも・・・」

高糸「Sさん。歴史にあなたの名が残るかもしれません。
   それに老後も印税生活でウハウハになるかもしれません」

Sさん「・・・印税ということは、お化けの映像でですか?」

高糸「はい。」

Sさん「・・・がんばりましょう!」

高糸「がんばりましょう!」

眠かった高糸もワクワクしてテンションがあがってきました。

Sさん「それで高糸さん。私はどうすれば良いでしょうか?」

高糸「そうですね、まずはカメラありますか?」

Sさん「はい、デジカメがあります」

高糸「動画は取れますか?」

Sさん「はい、撮れると思います」

高糸「ナイス!それを部屋全体が映る位置に置いてスイッチを入れてください」

Sさん「了解です。設置しました」

高糸「そうしたら、その状態で気配のする方向へ向かって。呼びかけてください」

Sさん「はい」

電話の向こうでSさんが、「お化けさん〜」と話しかけています。

高糸「どうですか?」

Sさん「ダメです。反応ありません」

高糸「逃げられちゃったのかな?」

Sさん「え?どうしましょう」

高糸「前に、出てくるには雰囲気が大事だと聞いたことがあります。
   何か雰囲気の出るもの・・・。そうだ『線香』とかありませんか?」

Sさん「線香ですか、一人暮らしなのでさすがに無いです。
  あっ、でも、ちょっと待ってください」

Sさんは電話の向こうで何かをガサゴソ探している様子。

Sさん「次の日曜日にバーベキューをする予定なのですが、
  その時の花火セットの中から、線香花火を発見しました」

高糸「線香花火・・・。他にはありませんか?」

Sさん「他にですか?あっ、蚊取り線香もあります」

高糸「蚊取り線香・・・。無いよりましですか。仕方ない、点けてください」

Sさん「はい」

高糸「どうですか雰囲気は?」

Sさん「なんだか懐かしい気持ちになります」

高糸「・・・懐かしい気分になってはダメです」

Sさん「すみません」

ふと気がつけば電話から聞こえてくるSさんの声から緊迫感が消えています。
きっと『蚊取り線香』でリラックスしてしまったのでしょう。

高糸「Sさん、もしかしてお化け怖くなくなっていませんか?」

Sさん「あっ、そういえば怖くないですね」

高糸「ダメです。怖がっていないと出てきてくれません」

Sさん「え?どうしましょう?高糸さん何か怖い話をしてください」

高糸「えっと・・・。これは私の友人の体験した話ですが・・・」

仕方なく、怖い話を始めます。

高糸「どうでしょう。怖くなりましたか?」

Sさん「はい、怖くなりました」

高糸「じゃあ、その気持ちを忘れずにがんばりましょう」

Sさん「あっ、高糸さん大変です」

高糸「どうしました?お化けが出ましたか?」

Sさん「いえ、空が明るくなってきました」

高糸「がぁぁぁぁぁ」

夏の日の出の早さを忘れていました。
私達が余計なことをしているうちに、こんな時間になっているとは。
太陽が昇ってしまえばせっかくの雰囲気は台無し、
お化けも余計出にくくなるでしょう。

Sさん「高糸さん。どうしましょう」

高糸「残念ですが。ここまでのようです。ですが、もし明日以降
   また同じようなことが起きたら。何よりもインタビューを目指しでがんばってください」

Sさん「はい、がんばります」

高糸「期待しています」

一週間後、
Sさんによると、あれ以降そんな事はないという話です。
もしかしたら絶好のチャンスだったかもしれないのですが、

反省すべき点は間違いなく「蚊取り線香」でしょう。
あそこであれを使っていなければ、もしかすると・・・。
あのときの自分の指示が非常に悔やまれます。

結果的には、懐かしいという気持ちは、恐怖心をも打ち消すことがある、
それを立証しただけの事でした。

もしも、お化けの映像を撮ろうとしている方がいらっしゃいましたら
『蚊取り線香』にはお気をつけください。
雰囲気が台無しになってしまいますから。

それでは、また

2008年7月10日(木)
無想転SAY8「超人」

ここに乱文を書き始めて早くも8回目。
読み直してみれば、もう少し役に立つ事とか印象に残るような事、
そういった内容の話を書けよ。

などと毎回最初に思うのですが書き終わってみるとご覧のありさま。

みなさんこんにちは高糸です。

だいたい、高糸の脳内に蓄積されている知識の95%は
何の役にも立たないものばかりでありまして、
残りの3%は大宇宙のロマンでできています(謎)
残りの2%はエンジェルシェアで持っていかれてます。

そんなわけで今日もまた無意味に
そして無責任に感じた事を書き綴るわけであります。

それにしても、今までのほとんどは珍妙な心象描写の連続。
もっと実在するものや知名度のあるものをテーマにしよう。
とは言うものの、何か書くようなことなんてあるのかな?

そうだ、高糸は映画が好きです。

詳しいとか、
とんでもない本数を見ているとか、
そんなことは全然なく。ただの好きって程度なんですけどね。

映画の見方っていろいろあると思うんです。
音楽が好き、雰囲気が好き、映像が好き、
物語が好き、アクター&アクトレスが好き。あるひとつの場面だけが好き。

本当に人によっていろいろだと思います。
それはわかるのですが、どうも高糸の好きな映画は周りであまり騒がれません。
まあそれを語りだせば、毎度のようにとんでもない長文になりますので、
またいつかの機会にとっておきますが。

時々「高糸さんって映画に詳しいですね」

などと実際には詳しくないのに、知り合いから言われることがあります。
たまたまその人の知らない映画を見てるってレベルで言われていることなのですが、
しかし、本人もそんなことを言われ続けていると、
あまりにも有名な映画は誉めにくい雰囲気を感じはじめます。

確かに私が映画に詳しい人と話をする時には、
自分の知らない良い映画を教えて欲しいと思いますから、
その気持ちはわかるのですが、私程度の偽者に期待してもダメなのであります。

しかし、その雰囲気をがっちりと感じてしまった結果、
その人にお勧め映画を訊かれたりすると、あえて知名度の低い映画を
選んでしまったりもします。(いや本当に良いとは思って薦めているのですが)

しかし、しかし、しかし。
普段は言えないそんなことも、ここでなら大丈夫!
今、声を大にして言いましょう
高糸はベタな映画が大好きなのであります。

どのくらいベタなのかといいますと。

例えばハリウッド系、DC&マーベルのアメコミ映画化作品であれば
私にとっての最高キャラは「スーパーマン」です。間違いありません!

原作の作者は、1930年代アメリカの高校生二人組みだそうですが、
当時のアメリカの暗い時代背景の中から生まれただけあって、
光り輝く正義の存在として描かれています、

そもそも、スーパーマンの何がカッコイイのか?と言いますと。
それは揺るがない絶対の正義を掲げているところです。

正義や悪といった概念は定義しにくいものです、絶対悪を存在させなければ、
絶対正義は描けません、当然、スーパーマンの世界にも
絶対悪という存在はあるのですが、しかし彼は何かが違うのです。

それは故郷の星が消滅し、たった一人で異なる星に来たという孤独感や哀愁。
それにもかかわらず、社会のため、人々のために苦悩し愛を以って正義を行う。
スーパーマンが救えない人々を、ペンの力で救う為に普段の仮の姿は新聞記者。
スーパーマンは、きっとスーパーマンが活躍する事のない世界を望んでいる。
そう感じさせる物語。

どうでしょう?どうでしょ?すごくカッコイイと思いませんか?
なんだか映画の話ではなく、キャラの話になってしまっていますが、
こんな感じで何を書いているのかわからなくなるぐらいカッコイイのです。

2006年にはスーパーマンリターンズが公開されましたが。
映画作品としてどうなの?と言われても、
もう冷静に評価できない程しびれていました。

CMでも流れた場面ですが、
悪者に攻撃され、それを全て跳ね返し、
驚きと憎しみを込めた目を向ける悪者に、軽く微笑みを返す。
微笑み返すんですよ!!!

くぅぅぅ。なんてエレガント!
他にそんなヒーローは存在しません。
スーパーマン最高!

しかし、2006年、周りではあまり騒がれませんでした。
何でなんだろうという納得のいかない気持ちだった記憶があります。

なんだか、またひとつ頭の悪さを露呈してしまった気がしますが、
気にしない気にしない。

それではまた

2008年7月2日(水)
無想転SAY7「健康的ダイエット」

我ながら、ここで自分が書いた文章を読み直してみると、
本当に何も考えずに書いているんだな、
そしてダラダラと長い。
などと反省している今日この頃。

こんにちは高糸です。

学生の頃は、原稿用紙10枚提出などと言われると
その量の多さにうんざりしていたものですが、

今は文章を長くすることなど意識することもなく、
とにかく短く、解り易くと心がけている毎日です。

表現したいことを形にする最低限の文章量、
それが理想的な量だと思っています。

当然その必要な量というのは、作家さんの感覚や
読者さんの感覚によって変わってくるものだと思いますし、
表現する対象や内容、方法によっても大きく変化します。

・・・そんなことを言いながらも、
また何をダラダラと書き始めたかと言いますと。
少し飛んで、何年か前の話になります。

ある短文を見ました。
それに驚き、感心し、ダメージを受けた思い出があります。

文章自体ははっきりと覚えていますが、
それが何にプリントされていたのかは、
当時の記憶に自信がありません。
多分、有名なお茶(缶かペットボトルに印刷)だった気がします。

一応著作権に配慮しながら内容を書きますと

4歳ぐらいの子供さんがお母さんに宛てた言葉らしいのですが、

「自分はあなたに会う為に生まれてきたんだよ」

といった感じのものでした。

うがっ!
母子愛を表現するのに、これ以上どんな言葉が必要なのか?
高糸は心の中で素直に、そして瞬間的に「完敗そして乾杯♪」と思いました。
この一行〜二行程の文章と比較して、私は母子愛というテーマで
原稿用紙10000枚以上使って、もっとクリティカルなものが表現できるのか?

確かに、
もっと雰囲気のあるもの、
長い時間の中で少しずつ変化していく些細なもの、
重ねていく時の厚みなどは表現できるかもしれませんが、

ですが高糸がたった数秒で味わったこの感覚。

大多数が感じることのできる本能的な共感。
そう願うと共に、そうあるべきであるという価値観や実感。
それらを満たす非常に強い言葉だと思いました。

また子供の視点、母親の視点、二つを同時に写す客観的な視点。
シンプルな言葉だけに、1、2、3人称を同時に感じることのできる幅、
どの立場からカメラを回しても絵になる物語です。
ほんとっ、良い感じの文章ですよね。
その証拠にいろんなCMのキャッチとして使えますもの。
(この辺が汚い大人の考えることですね・・・)

そんな高密度な短文の存在感に怯えながらも、
また今日もダラダラと長文を書いている次第でございます。

で、でも、なんでも短ければ良いというわけでは無いはず。
好きな曲のサビだけ聴いても面白くないですし、
映画のハイライトシーンだけを見ても物足りません。

必要なものを必要なだけ!
きっと何でもそうなのでしょうね。

スポーツで言えば自分のイメージする身体の動き、
それに適した体重と筋力を養うことが大切。

ナチュラルで機能的な状態を維持するために、
無駄な贅肉を落とす事と同時に、筋力もつけなければいけない。

そのバランスを崩せば、力を発揮できなかったり、
怪我をしやすくなったりもします。

ふと、その理屈を作文に置き換えてみると、
・・・とんでもなく難しいことのような気がします。

実際の筋肉や贅肉がつくのなら、実感として感じます。
タイムを計ったり、重量を増やしたり。
できなかった事が、できるようになりますから。

しかし作文となると、それが筋肉なのか、それとも贅肉なのか?
自分ではどっちがついているのやら・・・。

見た目の良い贅肉なんてものもありそうで怖いですし、
私のことです、勘違いをしたまま努力し、
筋力を落として贅肉をつけちゃうかもしれません。

うっうっうっ、恐ろしい恐ろしい。

そうなると、やはり理想的なのは試合の中で鍛えられていくこと。
余計なことを考えずに全力で立ち向かって行くこと。

あまり頭の良くない私のことです。
考えるな!感じろ!その言葉を信じ、
試合の中に身を置いてがんばっていくしかないでしょう。

・・・辛そうだな。いえいえ、楽しそうだな〜。

と、とにかくがんばります。

それでは今日はこの辺で。

2008年6月25日(水)
夏休み(風凪)
こんにちわ風凪です。
梅雨も終われば、本格的な夏がやってきますね。

夏といえば学生時代にはうっきうきな夏休みがやってきます。
楽しい夏休み・・・いろんなことをしていろんなことを学ぶ。
泣いたり、笑ったり、汗だくになって走りきった夏休み。
その汗こそ青春の証ですね。

歳をとった今となっては夏休みはありませんが
でもあの輝いた日々をもう一度体験してみたいものです。

それでは。

2008年6月20日(金)
無想転SAY6「再戦希望」(高糸)

「知ってる?動物って目が合った時に最初に目を逸らした方が負けらしいよ」

小学生の時、友達からこんな話を聞きました。

多分、今となっては、それを言った本人も綺麗さっぱり忘れている事でしょう。

ですが、私はその時の言葉をバッチリ覚えているのであります。

こんにちは、高糸です。

「目を先に逸らしたほうが負け」

それは子供の時の高糸にはとても説得力のある言葉でした。
確かに怖い大人に睨まれると、本能的に目を逸らしてしまいます。

なるほど、これは僕が完全に負けているんだ!
間違いない、目を逸らしたほうが負けだ!
当時、そんな事を考えていました。

比較的負けず嫌いな子供でした、
ですが、人間同士でそんな事をしていれば、
大人の人になんて叱られるのか?
考えただけでも恐ろしいことでした。

ダメだ、人間同士は危険だ。
大人の人に勝てるわけがない。

では何に負けなければ良いのか?

そうだ、犬、猫、鳥、そんな小動物だったら負けない。
自分よりも小さいものをターゲットにするあたり、どうかと思いますが、
子供の相手としては申し分ない存在でした。

そうして高糸の戦いが始まりました。

幾多の戦いを潜り抜け、小学生だった高糸も高校生になりました。
動物を見たら、手当たり次第に勝負をしていたわけではありませんが、
何かのタイミングでバッチリと目が合ってしまうと、
昔の友人の言葉を思い出し、じっと犬や猫を見つめました。

戦いの中から見つけた法則。

鳥は人と目を合わせません。それに飛んでいると目が見えませんし。
なので、トリとの戦いはありませんでした。不戦勝!

小さい犬は、楽勝でした。戦いというよりも僕よりも他の事が気になるようで、
すぐに違うものに反応します。なので連戦連勝!

猫は、性格によって違うようで、
目が合っても無視する奴、
「変なのがいる」といった表情で流し目で終わらせる奴。
基本的に相手にされていないような気がします。
なので勝手に不戦勝!

強敵なのは、年寄りの猫と大きな犬でした。

猫も歳をとって落ち着きが出てくると、
中には石のように動かない奴が出てきます。
場合によっては長期戦に発展するほどのなかなかの強敵もいました。

猫「なんだお前は?」

高糸「負けない」

猫「なぜこっちを見る?」

高糸「負けない」

猫「楽しいか?」

高糸「・・・負けない」

猫「なぜそこを動かない?」

高糸「・・・・負けない」

猫「もう飽きた」

高糸「勝った!」

※注(多分、猫が思っていたであろう気持を表現しています)

そんな感じで辛くも価値を掴んでいました。

しかし、良い気になっていた高糸の前に、
人生最強の敵が現れます。

高校生になって通学路が変わました。
それまで使っていた道とは違う道を使うようになったのですが。
そこに激しい戦いを繰り広げる事になる強敵がいたのであります。

ある朝、気分よく学校への道を歩いていますと、
草むらを走り寄る乾いた草の音、同時に横から低く一度だけ吠える声。

反射的にそちらを見ると、広い庭の金網ごしに彼(彼女?)の姿がありました。
それはモコモコとした白い大きな犬。バッチリと目が合ってしまいます。

ラウンド1、レディー。ファイト。
爽やかな春の朝に、強烈なゴングの金属音を聞いた気がしました。

(こいつはデキル!)すぐ本能で感じました。
堂々とした大きな身体、綺麗な毛並み、
口を閉じ、真っ直ぐに微動だにせず高糸の目を射抜く鋭い視線。

(まずい、これは長期戦になってしまう)

一度勝負に突入すれば、身体を動かす事は「反則」です。
大抵の動物はそれに興味を示し目を逸らします。
高糸が自ら決めたルールでした。

しかし、そのルールのせいで爽やかな朝に、
金網越しで犬と見つめ合い微動だにしない高校生の姿を世間に晒す事になります。
きっとご近所の皆さんは「怪しい」と感じるでしょう。
勝負だけに集中したいのですが、他人の視線や足音が気になって仕方ありません。

1分?2分?どのくらい経ったのでしょうか?
このまま戦いが長引けば学校に遅刻する危険さえ出てきます。
しかし腕時計を見る余裕さえありません。

(これは・・・完敗なのか?)

そう思った時、後ろを通りすぎる車が軽くクラクションを鳴らしました。
犬はその音に反応し視線を外します。

(よしっ、勝ったぁぁぁぁ)

本当にギリギリでした。でも勝利は勝利!

でも、あの車がクラクションを鳴らさなかったら、
それを考えると、この道を毎日通るのは危険な気がします。
あの犬の感じだと、まだまだ戦えたようですし・・・。

遅刻して、先生に理由を聞かれたら「犬に負けたくなかった」では、
なんの言い訳にもならず、すごく怒られる気がします。

逃げるんじゃない、余裕のある時だけ勝負するからな!
犬に言い訳をしても仕方がないのですが・・・。

しかし、その数日後に敵の本当の実力を知ることになります。
やはり彼は本物でした。2分は軽く過ぎているのに目を逸らさないのです。

(そんなバカな・・・普通なら1分もあれば決着がつくのに)

綺麗な色をした瞳でした。どこか知性を感じさせる深さがありました。
だからこそ負けるわけにはいかないと思いました、

しかしタイムリミットが迫ってきます。
高糸は歯を食いしばりながら、ゆっくりと目を閉じました。

(今日は俺の負けだ。これで一勝一敗だな。次は負けないよ)

数日後、その日は日曜日。学校も休みでした。

出かけるついでにその家の前を通ります。
今日なら時間もあるし、じっくりと勝負ができます。

いつもと時間が違うので、出てこないんじゃないかと少し心配しましたが、
バッチリ発見、そのまま戦いに突入します。

(今日の俺は一味違うぜ!いくらでも勝負してやる!)

いつもと違い時間に余裕があり、心にも余裕があります。

そんな私の気持など意に関せず、マイペースな彼の様子。
さすが我がライバル!

感心しながら勝負を続けていると、突然「ぎぃぃ」と言う金属の擦れる音をたて
その家の門が開きます。

高糸は焦ります。他人様の家の前で犬と見詰め合っている高校生。
さりげなく見詰め合っているとはいえ、その家の人から見れば、
どう考えても「不審者」でしかありません。

悔しいですが、勝負を捨てて歩き出します。
勝負カウント一勝二敗。負け越し・・・。負け越しはマズイ。

そうして彼と私の戦いの歴史が始まりました。
春夏秋冬、雨の日も、風の日も、タイミングよく目が合えば勝負の始まり。
1ヶ月に2−3回は戦っていたような気がします。

そして一年半後の秋のこと。
勝敗は勝ったり負けたりを繰り返していましたが、
たとえ負けてももう悔しくはありませんでした。
勝敗を超えた友情とでも言うのでしょうか、
今思えばただ会いに行っていただけなのかもしれません。

しかし、その日の勝負は何か違いました。
夕方学校から帰ってくるときに勝負をし、私が勝ちました。

(またね)

そう言いながら帰る私に、その犬が低い声で何度か吠えるのです。
一年半の戦いを通して、最初の一回しか吼えられた事はなかったので、
少し驚いたのですが。

(なんだよ、悔しいのか?)

そう言って私はその場を立ち去りました。

その数日後にもう一度勝負をし、また私が勝ち。
さらにその一週間後、その家の前を通った時、そこに彼の姿はありませんでした。

不思議に思い、その家の玄関まで行ってみると表札が外されています。

(嘘でしょ?)

嫌な予感は的中。
その家は2日前に引っ越してしまったという話を親から聞きました。

(が〜ん。なんだよ、あの吼えたのが別れの挨拶かよ・・・)

怒りにも似た、とんでもない寂しさが心の中を埋め尽くします。

いつでもどんな時でも私を待っていてくれて、
彼にとっては面白くなかったのかもしれないのに、
5分でも10分でも黙って付き合ってくれた彼。

こんな事なら、その家の人に頼んで遊ばせて貰えば良かった。
高校生がそんな事を頼むのが恥ずかしいなんて思わないで、
素直にそう言えば良かった。
彼の本当の名前で彼を呼びたかった。

もし、それが無理なら、せめて金網から手を入れて撫でておけば良かった、
例え彼に噛まれたとしても、例え金網で少しぐらい手が切れたとしても、
それでも、一度でも良いから彼に触れたかった。

どこに引っ越したのか?親に聞いてみましたが「わからない」との事。
変な質問をする私、不思議そうな目で見られたのを覚えています。

私は最強のライバルを失いました。
そして動物と勝負すると言う気持も一緒に消えていきました。

そんな本当に懐かしい思い出です。

なんで今頃になってこんな話をするのかと言いますと、
最近、その家(新しく住んでる人)が犬を飼い始めたようで、
小さい犬が金網越しに私を吠えました。

あの犬とは似ていませんが、私はその光景をひどく懐かしく感じました。

この犬が大きくなった時、また私は勝負をするのかな?
その家の前を通るのが、少しだけ楽しくなった高糸でありました。

それでは、また

2008年6月12日(木)
無想転SAY5「疑心暗鬼」(高糸)

こんにちは高糸です。

少し前の話ですが旅行をした際にカルデラ湖を見ました。

カルデラ湖というものがどういうものなのか、知識としては知っていました。
簡単に言えば火山の影響でできた凹みに水がたまったものだと理解していました。
(もしかしたらもっと厳密な定義があるかもしれません)

普通の湖なら、凹んだところに水が溜まってできた、
と言う感じなのかもしれませんが、

私の見た湖は火山の影響で大きな穴が開きそこに水が溜まったということでした。

それで一体、高糸は何が言いたいのか?そのカルデラ湖を見て何を感じたのか?と言いますと。

勘の良い方ならわかると思いますが。
「本気で怖かった」であります。

私の拙い文章力ではあの恐怖をお伝えできないと思いますが、
もう、なんていうのでしょうか?
そこの水は文字通り透き通るほどの透明度を持っているのに、

上から見たら「青」を通り越して「黒い」のです。
手加減抜きに「深いよ」とアピールしているんです。

その湖を解説しているプレートにも、「深い」と書いてあります。

光の中でも波長の短いものは塵や埃に反射されやすく、
太陽から降り注ぐ光、それの青系が水中の塵に跳ね返されて青く見えているのですが、

(夕日がオレンジに見えるのも同じ理由で、
波長の短い青色系の光が埃などに反射され、
波長の長い赤色系が埃などを通過して私たちの目に届く為なんですよね)

いや、そんな事はどうでも良いのです。
理屈ではなく魂が感じるのです。怖いと・・・。

高糸の恐怖センサーが過剰に反応します。
センサーが人よりも随分センシティブなのです。
そしてそうなると、その原因を探りたくてたまらなくなります。
(言い方を変えるとビビリすぎの逆切れ?)

なんで?なぜ?この湖に恐怖を感じるのか?
お得意の「インチキ消去法」を使い解析していきます。

恐怖の基本が「死」や「怪我」であるとするなら、
人間にとって、2メートル以上の深さは、同じように怖いはず、
でも水深2メートルのプールにはない怖さがここにはあります。

と言う事は、単純に「溺れる怖さ」ではないと言う事。
では、深いとなぜ怖いのか?

何か(未確認生物?)がいるとでも私は思っているのか?

(仮定1)ここには絶対に「何もいない」としたら・・・

・・・う〜ん。それでも怖い!

・・・まだ、怖い・・・では、

(仮定2)水を全て吸い上げて、歩いて降りられたら?

崖になっていたら怖いですが、それは別の怖さです。
おおっ、そう考えると、怖くないような気がします。

仮定1と2から考えると、どうやら水の存在に何かあるようです。

水中の行動制限や呼吸制限なら、2mのプールでも同じ事、

う〜〜〜〜ん、苦悩〜〜〜お。

そして15分経過。

もう先ほどの湖が一望できる場所から
移動しているのですが、心は深い湖の中。

さらに15分経過。

漠然とした恐怖の実感はあるのですが、未だにその原因が突き止められません。
一体、自分は何が怖いんだ???

いくら考えても、何が怖いのかわからない。
・・・もしかしてそれが怖いのか?

おおおっ?!?!
確かにあの湖に「確実に何かがいる」と考えてみると
何か覚悟のようなものができて怖さが半減するような気がします。

もし、それがファンタジー世界の巨大ウナギであっても、
少なくとも何がいるのかわからないよりも怖く感じません。
もしかして、もしかすると、何かいるかもしれないという
疑う心が、暗闇に恐怖を生み出しているのかな?

何かいるかもしれないという疑念は、
何かいるかもしれないという期待に変化し、
「何かいた」という期待に応える結果が出るまでは、
期待し恐怖し続ける心の約束?

この世界が
「在る」ということを証明することはできても
「無い」ということが証明できないように、
心の中においても至極シンプルな反応なのかもしれません。

と言うか、
よくも、こんななんでもない事で考え込めるよね。
単にビビリすぎ。

そんな声が聞こえてきそうですが、良いのです。
だって哺乳類ですからぁぁぁ

そんな結論を出して、その時は少しすっきりした記憶があります。

今になって思えば、
恐怖の原因などもっと追求していけば、
具体的なものにたどり着くと思います。

機会があればまたその辺を考えてみたいと思います。

それでは、また

2008年6月6日(金)
無想転SAY4「時間泥棒」(高糸)

ついに梅雨も本番。
皆様、いかがお過ごしでしょうか?高糸です

基本的に私は杉花粉さえ飛んでいなければ
どんな季節でも好きであります。

確かに、「蒸し暑い」、「すごく暑い」、「とても寒い」
と感じる瞬間&瞬間には、もうこの星には住めないんじゃないのか?
などと思ったりもしますが、

それでも、もしこの季節の変化が無かったら、
きっと私は口を開けたまま、意識する事のないまま
数年と言う月日が過ぎ去っていくのでしょう。

ですので、時間が過ぎていると言う実感を持ち続ける為に、
一年周期の日射角度の変化が必要だと思っています。

もしも天国のような快適な気候が続くところに住んでいたら、
堕落していく自分の姿が容易に想像できて鳥肌ものです。


そういえば時間の速さと言う事で思い出したのですが、
大人になると、時間の進み方が速いと言う人が多いですよね。

「絶対に子供の時の時間はこんなに速く進んでいなかった」

「気がつけば、もうあれから〜年か、速いなぁ」

昔の知り合いなどと久しぶりに会い、少しノスタルジックな
気分で居酒屋などにでも行けば、頻繁に耳にする会話です。
子供の時の時間の進み方と、
大人になってからの時間の進み方の感じ方の違い、

通説では「割合・パーセントの問題」だと言う事です。

10歳の時の1年間は1/10=生きてきた年数の10%
20歳の時の1年間は1/20=生きてきた年数の5%

なので、生きてきた年数を100%とした時の一年の割合が子供の時の方が
大きいので実感として長く感じる、というものでした。

10歳の子供の時には10年分の記憶しかないので、
その中の一年分は大きいですし、

年を取れば、記憶は累積されていきますから、総量が増え、
1年分の思い出が占める記憶の割合も減っていくとの事。

単純な理屈ですが説得力がありますよね、
謎が解明して、すっきりすっきり♪

そうなると大人になれば時間が速く進むのは仕方のないこと。

でもそれは少し困ります。どうせなら長く感じたいですし・・・。
もう少し粘って考えてみます。

20回目のお正月と、10回目のお正月。
確かに年を重ねていくごとに、「お正月」というイベントに慣れていき
期待感や待望感などと言うものは薄れていきます。

同じように、初めて行く場所、初めて見る物、初めて感じる気持、
それらが「初めて」でなくなった時、それは「ああ、あれね」
と言う日常に変化してしまい、「驚きのない普通」となります。

私の実感として、その「驚きのない普通」の部分。
この部分の時間の進み方が速いんですよね。

普通でないものが、普通に変わると言う事は
体験や知識&記憶の蓄積ですので、そういう意味では「記憶の総量」が
時間の速さに大きく影響を与えている。それは間違いないと思いますが、

では、昔の旅人のように、
毎日を新しい景色、新しい出会い、新しいイベントで埋め尽くしていったら、
時間はゆっくりと流れるのか?

・・・それはなんだかとても辛そうです。
ゆっくりと流れていると言うよりも、ぎっしり詰め込まれていると言う感じ。

詰め込まれている!!!

お!

おお!!

おおお!!!
時間の速さが一定であるとすれば、
そこに実感がどれだけ詰め込まれているのか?
その密度の問題になるのでは?

詰め込まれるは、実感を伴った鮮烈な記憶。
驚きや感動を含んだ、思い出の数々。
何かを求め懸命に進む、意思と歩数。

それらが旅先で撮った記念写真の枚数のように
後から人を満足させるのかもしれません。

だからこそ時間は大切、瞬間瞬間に心を込めて全力で生きる!

おおお大発見!!!

・・・と思ったのですが、よくよく考えてみれば昔から言われている
諺や格言、それと何が違うのか?

時間の進む速さを考えていて、まさか「光陰矢の如し」にたどり着くとは
いや、そのまんまなんですけど・・・。

「光陰矢の如し」・・・恐ろしい言葉です・・・。
とんでもなくプレッシャーを感じる言葉であります。

「がんばろうね♪」と言う優しさではなく
「わかってるよな?」と言う脅しをうけているような。

・・・おやおや、なんだか息苦しくなってまいりました。

サ、サ、サボッてはいません、がんばってます。たぶん・・。
わ、私は執筆作業がありますので、今日のところはこの辺で

では、また

2008年5月30日(金)
三度の飯より野球(風凪)

こんにちは風凪です。
最近はじめじめしてきて、本格的に梅雨が到来しそうですね。

そんな時期ですが私は毎年の事ながら野球が好きで好きでたまらないので
シーズン中は毎日観戦しているという日々を送っています。

子供の頃好きだったアニメが毎日やっているという感じで